初辰通信 こころを映す鏡

こんにちは

今朝は毎月恒例の住吉大社へのお朔日参り

初辰の日とかさなった事もあり、

境内は大賑わいでした

それから急いで大阪の中央体育館で健康運動士の講習と、

私も賑やかな日となりました(笑)

 

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そして今日も初辰通信『こころを映す鏡』というものを頂きましたので、

ご紹介させていただきます

 

拝啓

九月は、本当に長い秋雨が続きました。

特に台風十六号が日本列島を横断した時には、

一段と風雨が強く、ご神木は、左右に大きく揺れ、

古い初辰さんのお社は、

がたがたと激しく鳴り、

建物が壊れないかと、とても心配いたしました。

皆様の「のぼり」は、強風で飛んでいきそうになり、

やむなく、倒して風雨が過ぎゆくのを我慢していました。

夕方には、

ようやく止み、のぼりを立て直そうとしましたが、中には、

泥で真っ黒に汚れてしまったものもありました。

まるでご奉納して戴いたお一人お一人の顔が汚れてしまったようで、

本当に申し訳ない気持ちでした。

当初、のぼりを境内に立てるときに、

赤色の「のぼり」では、

商売人は、赤字が不吉だから、色を替えた方がいいと言われましたが、

私は、黒字の中に少し赤字があるから不吉なんで、

全部赤色の旗が境内を埋め尽くせば、

訪れた方の背中を押す力となり、

活気に満ちた気持ちになると確信し、

意地を通しました。

今、境内に立つ真っ赤なのぼりは、

秋風に勢いよく、たなびいていて、その容姿(顔)は、

神様に想いを表明した志そのものだと思っております。

 

ところで、皆様は、毎日、自分の顔を鏡で見られますか。

顔は心を映す鏡ともいいます。

古来より、神話でも鏡は三種の神器の一つであり、

ミソギハライの段で、顔の口や鼻を洗った時に天照大神や素戔嗚尊が誕生されています。

それだけ、顔は心が現れる最も大切な場所とされてきました。

しかし、私は、実のところ、

自分の顔を見るのがあまり好きではありません。

自信もありませんし、笑顔の大切さは分っていますが、

いつでも、笑っていられるほど人間が出来ていません。

それでも、毎朝、顔を洗う時に、一日の始まりに感謝しつつ、

気合を入れるために、鏡をみるようにしています。

毎月、初辰さんにお参りに来られる人々のお顔も、実にさまざまです。

おはようございますと、お声をかけていただく柔和な顔の人もいれば、

真一文字に口を閉ざし、ただ一心に入って来られる人もいます。

ここがふんばり所という人の顔は、まさに激しい形相をされていますし、

迷いのある人は不安が顔に表れています。

また、

猛暑にも関わらず色白な顔の人がいる一方、

真っ黒に日に焼けた顔色の人も、

そのどなたにも、深く刻まれた顔のしわは、

その人の人生を表す人相として、実に味わいのあるものだと思います。

男なら、仕事は、闘いであり、戦える顔でなければなりません。

その時々の顔が心を映す鏡なら、どれが自分なのか、

きっと、どれも自分なのでしょう。時には、深い悲しみに涙し、

挫折を味わい、怒りに我を忘れ、人生を謳歌する喜びに出会いながらも、

それらすべての経験を、

自分の顔に深く刻んでいかなければなりません。

決してどんな時でも、下を向いて歩いてはいけません。

苦しくても、顔を上げなければ、

心が悲鳴を上げてしまいます。そして、是非とも、

五十、六十と年を重ねるごとに培ったしわを一本一本、

顔というキャンバスに描きながら、

豊かな心といい顔になっていただきたいと思います。

初辰神主 川畑勝久

 

そうなんです

愚痴ばかり、人の揚げ足ばかりをとっていると、

どうしても口がひん曲がってくるようです

いつも斜めから物事を捉える癖があり、

素直に見る目がないと、

目が吊り上がってくるようですよ

それでは、今月も一カ月間宜しくお願いいたします

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